「さちよの鍼灸マッサージができるまで」前編


先日、ご新規のお客様お二人に立て続けに、

「なんで鍼灸マッサージ師になろうと思ったんですか?」

と聞かれました。

 

これ、よく聞かれます。

というわけで、今日はそのお話をさせていただきます。

 

私は、ある女性に出逢い、医療の道を志しました。

それは、私が中学生、高校生の時にスポーツで大きな怪我をした際、リハビリを担当してくれた女性の理学療法士さんです。

大きな怪我をして落ち込んでいる私に、元気と希望を与えてくれた彼女。
彼女との時間は、「人は誰かのおかげで、身体も心も元気になることができる」ということを教えてくれました。

そして私は「将来、私もこの女性のように、自分の周りにいる人の力になり、かっこよさと優しさをもった理学療法士になりたい!」と強く思い、医療の道へ進むことを決めました。

 

その想いから、医療にも役立つだろうと、奈良の大学で心理学を専攻。

大学生活中にバスケ部の先輩から勧められたアルバイト先が、今後の私の軸となっていく接骨院でした。

その接骨院の院長が私にとっての師匠であり、恩師にあたります。

院長ご夫妻とのショット◎

DSC_0147

 

19歳の時に、接骨院で助手として働き始め、私は初めて柔道整復師と鍼灸マッサージ師という仕事を知りました。

よく「自分が患者さんとして鍼灸を受けて鍼灸師になった」という人もいますが、私の鍼灸との出会いは実はこんな形だったんです。

 

このバイト経験により、私の将来の医療の道に、理学療法士だけではなく、柔道整復師と鍼灸マッサージ師という、三つの道が現れました。

そこから3年半バイトを続け、大学卒業を控えた時に、自分が3つのうちのどの道に進むのかという帰路に立たされたんです。
この時が人生で最初の大きな決断の時だったかもしれません。

 

なぜ私が先ほどお伝えした3つの職業の中から鍼灸マッサージ師を選んだかというと、どこかで留まって仕事をするのではなく、いつでもどこでも、「身近な人の力になりたい」という思いがあったからです。

さらに、鍼灸マッサージは、痛みなどを抱えたマイナスの状態の人をゼロの状態へ、というだけではなく、ゼロの状態からプラスへ、プラスの状態の人をさらにプラスへ、という、可能性に満ちた力があると思ったからです。

 

その想いを胸に関西医療学園専門学校に入学。

毎日朝8時から接骨院で働き、お昼には奈良から大阪へ行き勉強、そして夕方また奈良に戻って夜の21時頃まで働く、という日々を3年間続けました。

一人暮らしで、よくあれだけ頑張れたなぁと思いますが、あの時の経験が、今の私の糧になり、あの時に育てていただいた患者さん、先輩先生方、師匠のおかげで今の私があると思っています。

そして、無事に免許を取得し、26歳で2店舗目の院長を任されました。
この時も、男性スタッフばかりの中、女性は私一人という厳しい状況でしたが、「修行」という想いで毎日一生懸命働いていました。

 

当時の私、こんな感じです。

sa

 

そして4年後、結婚を機に退職し、京都で開業しました。

 

結局、助手も含めると、師匠にお世話になっていたのは、10年ということになります。
ここまでの話を聞くと、学校行って、免許をとって、働いて、開業、という一般的な流れのように聞こえるかもしれませんが、実は私は、開業するつもりは一切なく10年間働いていました。

 

だって、開業って大変そう(汗)
というか、絶対大変。

しかも女性。

 

じゃぁ、なぜそんな私が開業したのか?

次回はそんなお話をさせていただきたいと思います。

 

それでは、また明日。

 

やまさきさちよの日日是好日


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。