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さちよの鍼灸マッサージができるまで

私の将来に現れた、医療の三つの道

母校のオープンキャンパスにて

私は、ある女性に出逢い、医療の道を志しました。

それは、私が中学生、高校生の時にスポーツで大きな怪我をした際、リハビリを担当してくれた理学療法士さんです。
大きな怪我をして落ち込んでいる私に、元気と希望を与えてくれた彼女。
彼女との時間は、「人は誰かのおかげで、身体も心も元気になることができる」ということを教えてくれました。
「将来、私もこの女性のように、自分の周りにいる人の力になり、かっこよさと優しさをもった理学療法士になりたい!」と強く思い、医療の道へ進むことを決めました。

その想いから、医療にも役立つだろうと、奈良の大学で心理学を専攻しました。
その大学生活中に、アルバイトを始め、そのバイト先が接骨院だったんです。
その接骨院の院長が私にとっての師匠であり、恩師にあたります。

19歳の時に、接骨院で助手として働き始め、私は初めて「柔道整復師」と「鍼灸マッサージ師」という仕事を知りました。

そこで、私の将来の医療の道に、理学療法士だけではなく、柔道整復師と鍼灸マッサージ師という、三つの道が現れたのです。

そこから3年半後、大学卒業を控え、自分がどの道に進むのかという帰路に立たされました。
この時が人生で最初の大きな決断の時だったかもしれません。

なぜ私が先ほどお伝えした3つの職業の中から鍼灸マッサージ師を選んだかというと、どこかで留まって仕事をするのではなく、いつでもどこでも、「身近な人の力になりたい」という思いがあったからです。
さらに、鍼灸マッサージは、痛みなどを抱えたマイナスの状態の人をゼロの状態へ、というだけではなく、ゼロの状態からプラスへ、プラスの状態の人をさらにプラスへ、という、可能性に満ちた力があると思ったからです。

その想いを胸に関西医療学園専門学校に入学し、毎日朝8時から接骨院で働き、お昼には奈良から大阪へ行き勉強、そして夕方また奈良に戻って夜の21時頃まで働く、という日々を3年間続けました。
一人暮らしで、よくあれだけ頑張れたなぁと思いますが、あの時の経験が、今の私の糧になり、あの時に育てていただいた患者さん、先輩先生方、師匠のおかげで今の私があると思っています。
そして、無事に免許を取得し、26歳で2店舗目の院長を任されました。
この時も、男性スタッフばかりの中、女性は私一人という厳しい状況でしたが、「修行」という想いで毎日一生懸命働いていました。

そして4年後、結婚を機に退職し、京都で開業しました。

結局、助手も含めると、師匠にお世話になっていたのは、10年ということになります。
ここまでの話を聞くと、学校行って、免許をとって、働いて、開業、という一般的な流れのように聞こえるかもしれませんが、実は私は、開業するつもりは一切なく10年間働いていました。

だって、開業って大変そう(汗)
というか、絶対大変。

しかも女性。

じゃぁ、なぜそんな私が開業したのか?
次はそんなお話をさせていただきたいと思います。

「身体はさちよさんに任せている」と言っていただきたい

院長をして3年がたとうとしていた2011年3月、東日本大震災が起こりました。
そしてその翌々月の5月、私は鍼灸マッサージ師として、福島県へボランティアへ行きました。

そんな様子をみた当時の患者さんが、「先生はマッサージができるから、ボランティアできることがあっていいですね。私は何かしようと思ってもできることがありません」と仰いました。

大学、専門学校を卒業し、トントン拍子で鍼灸マッサージ師になった私は、この時初めて「自分にできること」の素晴らしさに目を向けたように思います。
さらに、この時を境に、人生はいつ何が起こるかわからない、今のままの人生でいいのか?という問いを何度も自問自答するようになりました。

その時、私は29歳。
30歳を前にして、女性として、一人の人間として、どう自分の人生を歩んでいくのか、歩んでいきたいのか、ということに向き合うこととなりました。

見ての通り、小さい身体なので、朝から晩まで働きづめで、今後自分の身体はもつのか?
どうやって、仕事をしていきたいのか?

母校のオープンキャンパスにて

考え始めてしばらくたって、、私が本当に力になりたい相手、治療スタイル、というものが浮かび上がってきたのです。
それは、バリバリ働くビジネスパーソンの皆様に、それぞれのライフスタイルにあった治療を提供する、施術だけの関係ではなく、その方のお身体のパートナーになっていく、というスタイルです。
当時、私が出逢って、素敵だな〜と思う方々が皆、お仕事を充実して過ごしていらっしゃいました。
しかし、身体や自分のことは後回しにして、ひたすら働くという状況の方々。
パッと見ると、輝いて見えるかもしれませんが、私には、どこか無理しているような、そして、お身体をケアすれば、もっとこの方の毎日は充実するし、さらに輝く!と思っていました。
変わりがいない、あなただけにしかできないお仕事に責任を持って励んでいる方にこそ、身体を大切にしていただきたい。
そして、そのような方たちに、「身体はさちよさんに任せている」と言っていただきたい。
という強い想いが生まれました。

そう考えた時、「開業は絶対したくない」と思っていた私の想いが初めて崩れ、「開業したほうがいいのでは」という想いになっていきました。

そんな折、神様からのプレゼントかのように、京都在住の整体師の主人と出会い、スピード婚をすることになります。

京都から奈良まで働きにいくのか、それとも京都で開業するのか。

私の想いを聞いた主人の一押しで、退職を決め、開業することを決心しました。
鍼灸マッサージ師の道を選んでから、二番目の大きな人生の決断の時でした。
「さちよの鍼灸マッサージ」を開院するにあたり、決めていかなければならないのは、どのような施術を提供していくかということ。
私は、身体に取り組むには、「継続」できることが大切だと思っています。

そこで考えたのがオーダーメイド整体です。

時間も、施術内容も、その時のお客様の状況、スケジュール、ライフスタイルに合わせてその都度オーダーメイドで決めていく。
鍼、灸、マッサージ、美容鍼、ストレッチポール、体幹トレーニング、ストレッチという、私ができる施術のすべての中から、無理なく、その方が納得した状態で施術を受けれるようにする。
身体のことは、施術者と受け手、どちらか一方だけではダメだと思います。

双方が納得して、あなたの身体を大切に扱う。
そのために、カウンセリングをしっかり行い、オーダーメイドの治療を考えていくということです。
また、お客様が継続できるだけでなく、私自身も、気持ち良く施術を継続できることが大切だと思っています。
私が大切にしていることは、「自分が良い状態、つまり元気でいること」です。
これは、勤務しているときからそうですが、まずは自分自身が心身ともに元気でないと、患者さんを診させていただくことなんてできないと思っています。

そのため、院内の内装や私自身の施術着など、自分も居心地のいい状態で行っています。
もちろん、お客さんに不快感を与えないのは大前提ですが、まずは自分がいい状態でいることが大切と思い、いろいろ試行錯誤しながら行っています。
そして、2012年7月、「さちよの鍼灸マッサージ」が始まりました。

女性の鍼灸マッサージ師だからこそ伝えられることを探して

母校のオープンキャンパスにて

私自身、お客様と同じビジネスパーソンとして、施術をさせていただきながら、刺激を受けたり、学ばせてもらったり、ということが多々あります。
その人の役に立てるように、と思いながら努力しつつも、患者さんから様々なパワーをこちらもいただくんです。

そして、実際にお身体を診させていただきながら、その人の人生にも寄り添うことができる。

仕事をしながら、「生かし、生かされている」と実感することが何度もあります。
このような職業につき、いま、自分の院をこの京都で営んでいけることを心より誇りに思います。
女性は、仕事、結婚、出産、育児、家庭、と、人生において様々なターニングポイントがあると思います。
私が開業を選んだのも、女性として、どうやって働いていくか、ということを考えた時の決断でした。

今はまだ明確には見つかっていませんが、女性の鍼灸マッサージ師の私だからこそ伝えられること、というのがあると思うんです。
これから、自分自身、子どもも授かって妊娠、出産、育児を経験し、そんな中、誇りを持って自分の仕事をする、というスタイルを、見つけていきたいと思います。

これからも、多くのビジネスパーソンがいつまでも元気にやりたいことをして、いつも一番輝くあなたでいられるように全力でサポートしたいと思います。
また、今後は、さらに東洋医学的に内科疾患が診られるように勉強を重ね、これからの「さちよの鍼灸マッサージ」がますます発展するように努力していきたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

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